杉村ぐうたら日記(1997年9月21日〜30日)

▲1997年9月21日:日曜日:さらば伊東満寿男!
▲1997年9月22日:月曜日:おじいちゃん悪い人なの?
▲1997年9月23日:火曜日:衝撃的なニュース!
▲1997年9月24日:水曜日:まじーなぁと思う今日この頃
▲1997年9月25日:木曜日:ナツメロ 大滝詠一
▲1997年9月26日:金曜日:筒美京平のスペシャルCDボックス発売!
▲1997年9月27日:土曜日:雑誌『Cominavi』創刊
▲1997年9月28日:日曜日:お揃い
▲1997年9月29日:月曜日:朝のドリフトキング
▲1997年9月30日:火曜日:日本語ラップは・・・・・みんな乗ってる踊ってるぅぅぅ
1997年9月21日(日曜日) さらば伊東満寿男!
 NTVの『投稿特報王国2』が終了した。
 さすがに2〜3年も世の中のビックリネタを放送し続けていると、ネタが無くなってくるらしく、最近のメインは手力の栗間太澄と、ムチャな挑戦を続ける伊東満寿男がメインで、それ以外のネタは無理に話を引き延ばしたり、軽い小ネタが多かった。
 最終回と言うことで、実は!栗間太澄はMrマリックだった!などという「誰も知っているっす」と言う笑いを取っていたりした。
 もう一人の伊東満寿男と言う人物は、実は以前から「エスパー伊東」と言う名前で無茶な事をしていたインチキ超能力者芸人なんだけど、毎回、人間の限界に挑戦する馬鹿なネタが人気を得ていた。
 ・・・と言うか、あまりにもばかばかしすぎて誰も挑戦しなかった事に挑戦し続ける男なのだ。
 スキージャンプの練習台からタライに乗って滑り降りるとか、ペットボトルロケットをパワーアップして空を飛ぶとか、とにかく成功しても感動より先に笑いが来る様な事をしてきたのだ。

 で、今回はほとんどの人が怖がって挑戦しないプールの10m飛び込み台からパラシュートを使って飛び降りると言うのだ。
 ハッキシ言って、極度の高所恐怖症の私はそれだれでパチパチパチ・・・あんたは凄いっす!てな状態なんだけど、それだけで満足しない伊東満寿男は、ビル60mの屋上からパラシュートを使って飛び降りると言うのだ。
 これは失敗したら死ぬ様なもの凄い賭けなのだが・・・・よくTV局がこの挑戦に許可を降ろしたな、って感じ。

 で、ビルの屋上に立つ伊東満寿男!で、その瞬間テロップがバーンと出てCMに入ったのだ。このテロップが出て、いいところでCMに入ると言う手法は、ここ最近やたらと目にするパターンなのだ。
 でもってCM開けは、さっき放送した部分を再び流して・・・って、かなり時間稼ぎをしちゃったりする状態が多いのだ。

 クイズ番組なんかでも「さて正解は!?」と言った瞬間CMに入ったりする。
 私の友人で常に右手にTVのリモコンを持ってCMに入った時、番組がつまらなくなった時、すぐにチャンネルを変えてしまう男が居る。コイツと一緒にTVを見ていると、番組の内容がほとんど掴めないのだが、特に困ってしまうのがクイズ番組。
 パターンの「さて正解は!」と言ってCMに入った瞬間、別のチャンネルで面白い物をやっていないか?と別のチャンネルにしてしまうので、最初に見ていたクイズ番組がCMを終わった場面に遭遇できないパターンも多く、結果としてCM前のクイズの正解が判らないままになってしまう事が多々あるのだ。なんか凄く残尿感があるのだ。

 ま、そんな話は置いておいて目下の問題は伊東満寿男の挑戦なのだ。
 そのCM直前のテロップが問題だったのだ。

『伊東満寿男、最期の挑戦はCMの後で!』


 と書かれたテロップがばーんと表示されて、CMに入ったのだ。
 私はビックシしてしまいました。「え?最期?」

 今回が最終回だから「さいごの挑戦」なのだろうが・・・・・その場合は「最後」と言う字を使うのだよ。「最期」って字を、手元の小学館『現代国語例解辞典』で引くと

【さい-ご 最期】
 命の終わる時期。死にぎわ。末期(まつご)。
 例『壮絶な最期を遂げる』『最期をみとる』『非業の最期』
となって居たりするのだ。

 凄〜く、不安な気持ちになってCM開けを待ってしまったのだ。

 もちろん、TV放映するぐらいだし、ここ数日の新聞に「番組の行き過ぎ!ビルの上から無謀なジャンプ!今放送界に問われる番組内容!」みたいな事は書かれていなかったわけで、ちゃんと伊東満寿男は無事生還を果たしたのであります。

 うーむ「最期」か・・・・

1997年9月22日(月曜日) おじいちゃん悪い人なの?
 先週から大騒ぎになっている、佐藤孝行氏が大臣の席を辞任した。
 自分が置かれている立場ってのにまだ釈然としない様子で「私は悪くないが国の為を思って辞めるのだ」と言う気配が濃厚っす。

 なぜか、辞任の記者会見の席で最後に「私も人の子であります、まるで悪人の様に言われ続けていますと・・・、昨日も私の孫が、TVを見て「おじいちゃんって悪い人なの?」などと・・・」てな内容の事を話しだした。
 うーむ、最後は情に訴える作戦で出たのか?

 確かに、事件を起こしたのは20年前かもしれないが、それ以降の反省した態度が無いって部分や、のうのうと政治家を続けているって態度が世間に認められていないってのに気が付いていないのが、嫌われる理由なんだよねぇ。

  なんか、後味すげー悪い
 少なくとも、オジイちゃんは「往生際の悪い人」です。

1997年9月23日(火曜日) 衝撃的なニュース!
 今日は秋分の日って事で休みっす。
 夕べも遅くまで、と言うか殆ど明け方まで色々人生について考えたりしていた為に、起きたのが遅かった。
 なんつーと、普通の感覚で言ったら昼近く、あるいは昼過ぎに起きたって事になってしまうのだろうが、私の場合、もともと睡眠時間が短い人だったりするのと、普段は朝6時前後に起きたりするので(毎朝シャワーを浴びて、7時には家を出る)、遅いと言っても「9時」だった。
 うにゅにゅ〜〜と寝ぼけながら、TVを付けた。

 するとTVの画面は、X-JAPANのYOSHIKIが涙をこらえながら記者会見をしている処だった。
 後で判った事なのだが、これは前日に行われたX-JAPANの解散表明記者会見だったのだが、昨日TVをほとんど見ていなかった私は知らなかったのだ。
 「お!なんだなんだ?またしてもヘルニアが悪化したのか?」
 などと、私は眠たい目をこすりながら、TVに書かれている文字を読んだ。
 そこには衝撃的な事が書かれていたのだ!


『昨日亡くなったパンダのホアンホアン』

 「・・・・・」
 思わず絶句してしまった。
 昨日TVを見ていなかったので、当然パンダのホアンホアンが亡くなったのを知らなかったのだが、なんか世の中、ちょっと目を離しているスキにとんでもないことになっていたのだな。

1997年9月24日(水曜日) まじーなぁと思う今日この頃
 そー言えば「自分のHP」を作るのだ!と宣言したのが6月。
 おーし!とワシワシ作り始めて、同時に友人の「味噌→野菜」のHPも同時進行で作り始めて・・・・ワシワシ・・・・・さらにワシワシ・・・・・
 気が付いたら、すっかり9月も後半に突入なのだ。

 たしか8月の最初に、スタートさせるぞ!などと言っていた様な気がするが・・・・、普通こーゆー場合「やる!」と言ってやらなかった場合ってのは、途中で飽きてしまったとか挫折してしまうパターンが多いのだろうが、私の場合違かったりする。
 ぜーんぜん挫折しないで、日々打ち込みを続けていたりする。

 もー止まらないくらいに、人生のもっと大事な事を振り切るかのように文章を入力し続けていたりする。
 その作業が忙しすぎて、HPとして発表する暇も無いくらいに。うーむ、こりゃいかんな。

 と言いつつ現在こんな文章を読んでいるあなたは、発表されたHP上で読んでいるワケっすよね。
 しかも、この文章より前に1年半分の文章が存在していると言う異常な状態で。うーむ、いかんいかん。

1997年9月25日(木曜日) ナツメロ 大滝詠一
 ここ数年、TVドラマの主題歌に懐かしめの曲を使用するのがパターンになっている。
 「サイモン&ガーファンクル」「カーペンターズ」てな感じの、そこそこ知られている爽やかポップスから始まって、ジョンレノン「スターティングオーバー」ブライアンフェリー「トーキョージョー」そんでもってなんとストーンズの「アンジー」まで主題歌として使われてしまったりするのだ。

 で、この秋から始まる番組の中で、私個人としてビックリしちゃったのが、かの大滝詠一の「君は天然色」がキムタク&松たか子主演のドラマの前宣伝のBGMに使用されちゃったりしてんの。

 うーむ、たしか1981年発売の曲だから・・・・15年前の曲っす。
 その手のドラマを支えるメイン層の高校生〜大学生(15〜22歳)なんかに取っては、小学校に上がる前に流行っていた曲だもんなぁ、充分にナツメロかもしれない。

 これを期に、新作作らないかな?大滝。
 最近、太田裕美がCMで松田聖子の「風立ちぬ」をカバーしてるけど、これも大滝作品っす。なんか、裏の方で動いているのかもしれないけど・・・・

 しかし、今回のキムタク&松たか子主演のドラマに「君は天然色」が使われるのって、ビックリした反面「・・・・もしかして、凄く安易に決定したんじゃないの?」って気もしてしまうんだな。
 なんせ、キムタク&松たか子が前回共演したドラマのタイトルが「ロングバケーション」だったりするワケで・・・・・。


*大滝詠一の「君は天然色」は大ヒットアルバム『ア・ロングバケーション』からの曲だったりするワケっす。

1997年9月26日(金曜日) 筒美京平のスペシャルCDボックス発売!

 私が作曲家の中で一番尊敬している筒美京平氏っすが、ハッキシ言って凄い人っす。
 「えぇ?誰だよそれ」と思っている人でも絶対に一度は筒美京平の曲は耳にしているハズ。とりあえず誰もが知っていると言ったら「サザエさん」の曲だけどさ(笑)
 それはあくまでも仕事の一つで、それ以外がムチャ凄いっす。

 なんせ、私が物心付いた頃から第一線で活躍してて、60年代グループサウンズの「ブルーコメッツ」「オックス」「ジャガーズ」なんて所で書いていたし、70年代初期のアダルト歌謡曲「ブルーライトヨコハマ」「真夏の出来事」などなどから、レコード大賞曲「また逢う日まで「魅せられて」からロック歌謡「セクシャルバイオレットNo.1」などなど多数の曲を作り、さらに別名ジャックダイヤモンド名義で「セクシーバスストップ」「恋のハッスルジェット」なんかを作った人っす。

 もっとも凄い功績はアイドル歌謡曲と言うジャンルを完成させた一人でもあったりします。(都倉俊一・浜口蔵之助なんかの力も当然あったけど)

 なんせ、南沙織の一連の曲、郷ひろみのジャニーズ時代の曲、太田裕美・岩崎宏美・櫻田淳子・野口五郎などなど70年代を代表するアイドルの曲をガンガン作っていた。(今聞いてもイケる曲は多い)
 その後の、80年代も松本伊代・小泉今日子・近藤真彦・田原俊彦・早見優と言う長期に渡って活動をしたアイドルの曲をかなり作っている。
 それ以外にもかなりの数を作曲していて、以前個人的に筒美京平のデーターベースを作ろうとした時は、300曲ぐらいまでリストアップして、まだまだリストが20%も完成していない感じを受けて断念した事もあ ったっす。
 そんなこんなの筒美京平って人のCDボックスが遂に発売されるらしいっす。
 しかもCD4枚組!しかも4枚組セットボックスが2種類・・・

 金無いっす(笑)

1997年9月27日(土曜日) 雑誌『Cominavi』創刊
コミナビ
 つまり「コミックナビゲーション」と言うワケで、漫画の総合ガイド誌と言う事らしい。
 毎月大量の漫画が出版される現状の中で、当然そのすべてに目を通すことは出来ない。
 そんでもって、この雑誌が本当におもろい漫画を紹介するのと同時に漫画批評もしつつ、その月に発売される単行本の全リストを掲載しまっせ。と言うものなのだ。

 昔から漫画評論誌はいくつもあった。70年代から「だっくす」「ぱふ」「ひゅーじょんぷろだくと」など色々出されていた。
 なんつーか、かつて漫画を自分でも書いていて色々な事があった私なので、その手の評論系の雑誌も嫌いではなく、興味深く読んでいた。
 が、読んでいる内に気が付いたのだ。こんな本を読んでいちゃダメだ!と言うことに。

 なんせ、その手の雑誌はマニアなマニアな人々が作って、マニアなマニアな人が投稿して、マニアなマニアな人々が読んでいる様な本になっていたので、その評論などが凄く一方的なベクトルに向かって構築されていたのだ。
 簡単に言うと「マイナー:哲学:偉い」「メジャー:商業主義:金の為」と言う、思いっきり分かり易い構図にのっかった批評体系が出来上がっていたのだ。
 たしかに売れまくっている作品にはどーしょーもない物も存在している様な気がする。
 だけどね、その「売れている」と言うのは「一般的な支持を受けている」と言う事なのだ。
 それに背を向けてしまうんなら、商業的に本屋で売るんじゃないって感じになってしまうのだな。
 結局、売れていない部分のヤッカミなんじゃないかな?なんて思ったりもしてしまう。
 純粋に、世間一般で「マイナー」と呼ばれがちな作品を好きな人も居る。けど、その返す刃でメジャーを切ってはいかんと思うけどなぁ

 そんなワケで今回創刊された「Cominavi」創刊号(表紙は爆笑問題)を読んだ。
 確かに、漫画のTVドラマ化についての話や、その他、いわゆるマイナー掘り下げ本とは違って、一般的にまっとうな生活をしている人にも解る話題で責めている。
 もっとも、マニアの人からは踏み込み足りないと批判されそうだが。

 が、ふと考えた。
 一般に生活する、一般的な漫画好きって人が、わざわざこの様な雑誌を買ってそれまで読んでいなかった漫画を探そうとするか?と言う事なのだ。
 おもろい漫画、おもろい漫画、と触手を伸ばしている人って・・結局マニーって事になってしまう様な気がする。
 となと、この雑誌の狙いは・・・・

1997年9月28日(日曜日) お揃い
 先日、ふと目の前を見ると、ややロンゲでグラデが入った茶髪のアンちゃんが自販機の前に立っていた。
 いわゆるヒロミなんかみたいな状態なのだが、最近はこの程度の髪型は一般的になってきた。以前ならば、思いっきりな不良状態だとか思われてしまうんだろうが、慣れと言うのは恐ろしい物で、これでさえ普通になってしまったのだ。

 そんなワケで、目の前にそんなアンちゃんが自販機の前に立っていたダケだったのだが、ふと気が付くとそのアンちゃんの元に「やぁ」てな感じで出現したもう一人のアンちゃんがいた。
 そのアンちゃんも、一言で言えばヒロミ状態の髪型で、その二人が並んで立っている状態は、そのまんま「お揃い」てな感じだった。

 うーむ、ファッションという物も浸透するとファッションじゃなくなるよなぁ

 などと、思った時だった、さらにやってきた同じ様な年齢のアンちゃんが二人・・・・こいつらも二人ともヒロミ状態。
 自分たちでおかしいとか思わないのか?と言う状態で、ほとんど同じ髪型をした男が4人、自販機の前で談笑を始めたのだ。

 うーむ、なんかギャグとしか思えないっす。

 私なんか、友人なんかと一緒に逢ったりするときに、たまたま同じ傾向のファッションをしていただけで「うひゃー恥ずかしい」なんて思ってしまう様な人なんだが、これが異常なのか?

1997年9月29日(月曜日) 朝のドリフトキング
 先週の事だった。
 朝から嫌な小雨がしとしとと降り続いて、髪の毛もイマイチ決まらず左側に癖毛が飛び出しているのが、バックミラーに映っていて、うーむと思っていた。
 しかし、普通朝から雨が降っている日は通勤途上の道がやや渋滞していると言うのがパターンだったのだが、その日は拍子抜けするぐらいに順調に車は走っていた。

 その時、約15メートル前方に見えている信号が黄色から赤に変わった。
 僕の前には一台、白っぽいアルトが走っていたので、その車の後ろに付けるような感じで徐々に減速して・・・と止まろうと思ったのだが、その瞬間おかしな事に気が付いた。
 すでに前方の信号は赤に変わっていると言うのに、前を走っているアルトがまったく減速しないのだ。 「おいおい、ムチャすんなよぉ!」と思った瞬間だった。

 どうやらアルトを運転していた人は、本当に横断歩道に踏み込んだ瞬間に始めて目の前の信号が赤だと言うのに気が付いたって感じで、思いっきりな急ブレーキを踏んだのだ。

うきゅきゅきゅきゅきゅゅゅゅぅぅぅっ!


 雨で濡れた路面の上を白いアルトが、横断歩道を越えて交差点を斜めになり滑っていった。
 運のいいことに、偶然その時、交差点に他の車が無かった為に大惨事が起こらなかったのだが・・・・。

 ちょうど、横断歩道の手前で停止した僕から、そのアルトの運転席のま横が見えていた。本当にキッチリと90度スリップしたのだ。
 そのアルトの運転席に座っていたのは、どこから見ても冴えない中年親父。で、突然の出来事で完璧に気が動転しているのか親父は左右をキョロキョロ見ている。
 と思った瞬間アルトは猛烈な勢いで発進して、あたかもUターンする様に今来た道を爆走して帰っていってしまったのだ。

 いやぁ、大事故にならなくてよかったが、あのオジサンにとっては思いっきり恐怖の体験だったんだろうなぁ

1997年9月30日(火曜日) 日本語ラップは・・・・・みんな乗ってる踊ってるぅぅぅ
 先日、会社の帰りにカーラジオをつけたら、ヒッピホップ系の曲が流れていた。
 この辺の音って、アーティストの個性って物がなくてほとんど同じ色がする。

 そんなこんなで、カーラジオからは海外のよーわからんアーティストがラップする声が流れていた。
 と、その曲の中になーんかリズムに合わない叫び声とかが時々入り込んでいるのに気が付いた。
 なにやら「いぇぃ!」とか「しぇぃくしぇぃく!」とか、なーんか稚拙な、完璧に曲の邪魔をしているような叫び声が入っていたのだ。
 なんつーか、私はあんましこの手の音楽を真剣に聴いたこと無いし、最近のマニアックな傾向なんかも掌握しきっていないので、その叫び声が現在の流行の中で良いのか悪いのか判らなかった。
 もしかしたら、ワザと音やリズムを外した物を入れるのが流行りなのかもしれない。
 などと、なるべく良いように解釈をしたりしていた。
 ただ単純に自分の生理的な音楽の趣味からはハズれるようなノイズだった。

 で、しばらくそのまま聴いていたら、フェイク的な音が入って別のリズムトラックに曲がスイッチングしたのだ。
 いわゆる、リズムトラックがメインのインスト系の曲変わった。
 で、そこでさっきから何度も聴こえていたノイズにしか聴こえない叫び声と同じ声が、ラップらしきものを語り始めたのだ。

いぇ〜い、俺達ぃ、今日今日と歌ってるぅ、踊っるぅ、あせかきかき踊ってるぅ・・・

 などと言う、あまりにも意味のない稚拙な歌詞で、しかもリズムに乗っていると言うより、お経を読んでいる状態のラップが始まった。
 つまり、さっきまで曲中に挿入されていた叫び声はこいつの仕業で、いわゆるレコードを廻しながら、それにラップをかぶせるというクラブDJスタイルの事をラジオでやっていたのだ。
 しかし、あまりにもリズム感がない・・・・。


 以前からすごーく感じていたんだけれど、日本語のラップと言う物を何度か聴く機会があったが、どれもこれも歌詞とリズムの融合と言う物をほとんど考えて居ないような状態で、ダラダラぶつぶつ語っているのが多い。
 自分が曲を考えたりする場合、やはりそこに乗せる詩と言うものの、本来持っているリズム感なんて物も考えながら詩を書いたりする。
 同じ事を伝える場合でも、意図したメロディをいかに活かすか?と言う詩を考えたりする。
 が、今回聴いたラップは1小節に、とりあえず8音入れました的な、言葉のリズムを計算していない物なのだ。だから、メリハリは皆無でダラダラ続くだけ状態。

 さらに問題なのは、今回聴いたこいつと同様にプロアマ含めて多くのラップ系ミュージシャンの曲には「言いたい事が何もない」と言う状態。

 基本的にラップの発生時の「メッセージ性」のかけらが何も無いのだ。
 当然日本には人種的な差別なんてほとんどないし、職が無いなんて言うのもアメリカなんかの深刻な状況と違って(選り好みしなければ)職はいくらでもあるし、日本で語られるメッセージなんてほとんどが「甘え」でしかなかったりする。
 世の中のクソッタレについての詩、がメッセージとしてまかり通っている。俺はお前らが気に喰わねぇんだよ!的な、ただの自制心の無いメッセージを垂れ流す程度。その根底には、ただの甘えしかない様な気がする。

 そんな状況の中でのラップには聴くべき物はほとんどないし、その上リズムに乗っていないと言う、音楽的に聴くべき部分が皆無と言うのは音楽的公害、音楽的嫌がらせ(ミュージックハラスメント (笑))なのではないかな?なんつー事を思ってしまった。


 以前、TVでアマチュアラップグループが数組でていた番組があったんだけど、そいつらは何故ラップをやっているか?と言うのに「メロディを作らなくてすむから」「楽器を演奏しなくてもいいから」と言うのも理由に挙げていた。
 ま、それが全てじゃないだろうけど、僕はラップなんかをやるためには音楽的素養が普通以上に必要なんじゃないか?と感じてしまうのだが・・・。ま、メロディを作る必要がないから、なんて気楽に始めたラップは当然ながら音楽じゃないけど。

 日本のラップ(&ヒッピホップ)は、何をどうしたいんだろ?海外のヒップホップと比べると表面上は似ていたとしても、まったく違う物だと思うし・・・。