< 杉村ぐうたら日記(1998年4月1日〜10日)

▲1998年4月1日:水曜日:早死にしたかったら運動をするのだ!
▲1998年4月2日:木曜日:エイプリルフール・イヴ
▲1998年4月3日:金曜日:エビの野望
▲1998年4月4日:土曜日:テレフォンノイローゼ(by 甲斐バンド←ウソ)
▲1998年4月5日:日曜日:そして続いて行く
▲1998年4月6日:月曜日:中古CD
▲1998年4月7日:火曜日:何かが足りない・・・・
▲1998年4月8日:水曜日:絶対自分主義
▲1998年4月9日:木曜日:雨が空から降れば・・・・
▲1998年4月10日:金曜日:今週と来週の「笑っていいとも」は凄い
1998年4月1日(水曜日) 早死にしたかったら運動をするのだ!
 4月、新年度を迎えて私は「Tシャツが似合う男になるのだ宣言」をした。
 いや、別にそんな大袈裟な事ではないのだが、とにかくこれから気候が良くなり、徐々に薄着の季節になっていく。そんな中、いろいろとカッコつけたいって言う気持ちを判ってくれ。
 でもって「やっぱ食を減らすのより運動をするのが大切だよな」と考えた。
 しかし、私の仕事と言うのが完全なるディスクワーク。歩くのはほとんどトイレ・食堂ぐらいしかなくなってしまう。本当にこのまま足が退化してしまうんじゃないか?ってぐらいに運動しない。
 いかんいかんいかん、と私は思ってしまうのだが、この運動をするっていうのはなかなか始めにくい。なにかのキッカケがないと始める事が出来なかったりする。

 これでも一時期は、毎晩近所を走ってみたり、会社の帰りに香貫山の処にある温水プールに通ったり、今では考えられない程の健康的な生活を送っていた。
 運動というのはかなり習慣性があって、一度はじめてしまうと続いてしまうものなのだ、とその頃私は感じていた。が、それよりもっと運動をしないと言う状態の方が習慣性が強く、無運動生活な人生を歩んでしまっていたりする。
 いかんいかんいかん、と確かに思う。

 しかし、運動:スポーツと言う物を考えてみると、なんでそんな事をいなきゃいかんのだ?と思ってしまう事もある。なんせ、運動をすると疲れる。筋肉痛になる。
 これって身体に良くないんじゃないか?などと考えてしまう。
 普段から身体を鍛えていないと、イザって時にパワーが出ないぞ。などとカロリーメイトのCMの石田ひかりの様にワザトらしい明るいセリフで言われたりする場合もある。
 それはおかしいのだ。なんせ、かの動物界のスプリンターのチーターなどは普段は寝ている。ゴロゴロしている。そして腹が減った時だけ走るのだ。
 ヤツは普段の走り込みなどしていない。毎日毎日10キロ走るのが日課だとか言うチーターはいないと思う。
 だが、ヤツらは走る時は思いっきり走る。

 これはいったいどーした事なのだ?
 よく考えてみるとヤツラは必要以上に喰わないのだ。喰わない時は1日、2日も喰わないままだったりするらしい。そしてゴロゴロしている。
 腹が減っているのと、近くに草食動物の気配を感じた時だけ走るのだ。
 そんな生活をずっと続けていて、あのシャープな肉体とパワーを維持し続けているのだ。

 結局、人間がダイエットしなきゃとか、運動しなきゃって言っているのは、必要以上に喰いすぎているせいなのだろうな。
 そんなワケで、最初と言っている事が違うが、痩せて健康的な生活を維持するのには「あんまり喰わない」「普段は動かない」と言うのがいいという結論に達してしまったのだ。

 とかく運動と言うのは身体に悪い。
 ヘタに肉体に、心臓に無理な運動をさせると、悲惨な目にあうのは当然の事なのだ。
 現に、私は夕べ軽く走っただけでふくらはぎがツッてしまい、泣きそうな顔をして帰ってきたのだから、その言葉に重みがあるのだ。

1998年4月2日(木曜日) エイプリルフール・イヴ
 4月2日の朝のニュースで見た。
 「某社が4月1日に自主廃業を申告して、その前日に就職の内定が決まっていた28人に採用取り止めの速達を送った」

 お・・・・おい、4月1日に入社式をする予定だった会社から、前日「採用取消」って速達が送られてくるって・・・凄すぎるギャグだよ。

 もし入社式が4月2日で、取り消し速達が届いたのが前日の4月1日だったら、入社予定者達は大笑いしながら「ぐわっはっはっは、冗談が判る会社だよなぁ」とか言いながら、翌日の入社式に臨んだりしたかも知れない。

 でもって彼らを待ち受けていたのは・・・・それは、もっと悲劇だよなぁ
 それ以前に、廃業に追い込まれている様な会社だから前々から業績不振だったんだろ?ある日突然、どうしようも無くなったってワケじゃないだろ?
 なのに28人も新卒を採用しようとしていたのか?

 たしかに会社側としたら、廃業に追い込まれた場合、その時点で社員だった人々の今後の就職先などを一生懸命なんとかしなくちゃいかんと考えると思う。
 だが、入社式をしていない人々に関しては「あくまでも社員じゃないから責任は取る必要ないもんね」と言う状態かもしれない。

 うーーーーーーむ。

1998年4月3日(金曜日) エビの野望
 昔からよく言われている「名古屋人はエビが好きだ」
 実際にそうなのか私には確かめるすべが無いのだが、とにかく世の定説としてはそうなっているらしい。しかも「エビフライ」は正しくは「エビフリャー」と言うのが正式名称だとして、一歩も譲らないらしいのだ。
 うむむむ、本当の事なのか私には確かめるすべが無いが、そう言う事になっているらしい。

 今日、昼にエビフリャーを食べながらそんな事を考えてしまった。
 何故、そんなにエビにこだわるのか?

 と、言うことで色々考えた事を詳しくここで書くと長くなるし、公序良俗を著しく乱す恐れがあるので詳しくは書けないのだが、エビを愛する理由に地域性と言う物があるのでは?と言う結論に達してしまった。

 愛知は多くの戦国武将を生み出した。その結果、天下を取った徳川家康などもその一人と言うことになる。何故、天下を取れたのか?と言うと、関東と関西の中間に位置し、どちらの情勢にも目を光らせている事が出来るのだ、名古屋と言う場所は。
 まったく文化の違う、日本の2大拠点に挟まれ、ある時は関西の御機嫌を伺いながら、ある時は関東の御機嫌を伺いながら、実にバランスよく世の中を渡って来たのだと思う。そしていつか天下を手中に収めるのだと野望を抱きながら。

 そんな事と何故エビが関係あるのか?と言うと、私は以前からエビに対してひとつの不信感を抱いていたのだが、それと見事に合致してしまったのだ。

 エビを調理する。ま、生で食べる事やボイルして食べる事もあるだろうが、多くの場合が衣を付けて油で揚げるという調理法に行き着く。
 が、ここで小麦粉&卵のみで「てんぷら」となった時と、パン粉までつけて「エビフリャー」になった時では、その意味が大きく違ってくる。

 人々は、その料理を見てまず何をするだろうか?
 ま、そのまま食べる人は少ないと思う。
 多くの場合が、醤油(だし汁)なりソースなりをかけて食べ始めると思う。
 そこでだ、問題が発生する。
 何故「エビの天ぷら」は醤油で、「エビフリャー」はソースなのだ? 内容は殆ど同じなのだぞ。
 ここできっとこーゆー意見も出てくると思う。
 「天ぷら」は醤油、「フライ」はソースと言うのは昔っから決まっているの。だからそんなエビがどーしたこーしたなんて関係なくって、そのものを見た瞬間否応なく醤油やソースをかけてしまうの。
 いいや違う!魚のフライは醤油で食べる。ま、そうじゃない人もいるのかも知れないが、私は小さい時からそーなのだ。とりあえず杉村家のルールはそうなっているのだ。

 そんな事を色々考えて、エビと言うヤツは衣を少し変えただけで、醤油にもいい顔をして、ソースにもいい顔をする、そんなヤツだと考え始めたのだ。八方美人的なヤツだと言うことになる。
 しかもヤツは「いつの日か」と、相変わらず天下取りの機会をうかがっている。
 取りあえず天ぷら業界では天下を取れたと言う情報が入っている。とにかく「天丼」「天ソバ」における「天」とはエビの天ぷらの事を指すのが常識になりつつある。これでヤツの野望は半分達成された事になったのだ。
 あとは、ソース業界だな。などと思っているに違いない。

 さらに最近はテイクアウト業界にも触手を伸ばし、和風「天むす」洋風「エビバーガー」まで出現した。まだまだエビはテイクアウト業界で主流ではないが、気を抜いているともっと進出してくるに違いない。

 そんなこんなで、色々な処に気を払いながら天下取りを狙うエビの姿を、潜在意識の中で名古屋人は好きなのではないのか?などと考えてみたのだ。

1998年4月4日(土曜日) テレフォンノイローゼ(by 甲斐バンド←ウソ)
 よく開店祝いなどと言う名目で、店の住所と電話番号が書かれたテレフォンカードと言う物があったりする。
 これってのは、ここ10年ぐらいの風習で、それ以前の「祝いの品は何にしようかなぁ」と悩みつつ、やっと決めた品物が結局、誰からもありがたがられずに押入の中で朽ちていく、と言う状況よりはいいのかもしれない。
 凄く安易だとは思うが、もらった人で困ったりする人はあんまし居ないと思う。

 で、そのテレフォンカードで問題が発生する。
 このテレフォンカードは「広末涼子」だとか、以前ならば「西村知美」だとか「斎藤由貴」なんかのヤツと違って、100年保管しておいても価値は出ない。
 ま、そこに書かれている店で殺人事件やらニュースネタになる事がおきれば、価値が一時的に、しかもマニアックな人の間で出るかもしれない。
 それ以外の人にとっては、50度数のテレカは500円の価値って事になる。だから、何も気にせずに使用したりするのだ。
 で、やっぱその店のテレカだから、その店にかけなければいけない時はこれを使わなくちゃいかんよなぁ。などと思って、公衆電話にテレカを差し込む。

 そこで問題が発生してしまうのだ。
 テレカを差し込んで「さて電話番号は」と思ったら、その店の電話番号は現在電話に刺さっているテレカに書かれていたりするのだ。
 うーむ。

1998年4月5日(日曜日) そして続いて行く
 今年の初めに漫画家の石ノ森章太郎氏が亡くなった。
 やはりこの手の昔から漫画家をやって、異常なほど大量の作品を書き散らしてきた人は未完の作品という物が存在する。
 石ノ森氏の場合は代表作と言うと「サイボーグ009」と言うワケだが、これも当然未完になった。1つ1つの話が独立しているので、未完と言う印象はあまり与えないのだが、メインになる悪役ブラックゴーストは1度倒したもの、復活したままで決着がついていない。
 さらに哲学的要素の多い「天使編」と言う最終戦争の話は完璧に途中で中断していたままになってしまっている。

 その中で石ノ森章太郎は自分の死期を予見していたのか、絵を描かずにシナリオと言う形でいくつか作品を残していたのだ。
 その中の1つを、漫画家の島本和彦氏にたくしてあったと言う。島本和彦氏の描く漫画はかなり時代錯誤的な熱血が入っていて、しかもヒーロー願望が強い。そのスタイルは石ノ森氏のかつてのヒーロー物と通づる処が多い。
 だから、かなり期待をしてしまうのだ。
 しかも島本和彦氏は、このシナリオを忠実になぞるのではなく、最終的にはサイボーグ009の天使編の決着をつけるような話にしたいと語っているのだ。おぉ偉いぞ。
 小説などではこの手の、作者が未完で終わらせてしまった作品を死後、その身近な人や熱狂的なファン作家が書き次いだりする。
 夏目漱石・芥川龍之介などの作品もその手のがあったと思う。
 中には「風と友に去りぬ」の第2部「スカーレット」なんていう、ちゃんと完結している話に勝手に続編を別の人が書いてしまい、さらに映画化してしまうパターンもあったりする。残念ながらそれが前作とは比べようがない駄作だったりする。
 映画の場合は、その手の「勝手に続編」と言うのもあって「ネバーエンディングストーリー」なんてのは、本当にタイトル通りに永遠に終わらずに続編を創られている。
 もーオリジナル作家のミヒャエルエンデの意志なんて完璧無視状態。

 しかし漫画と言う文化の場合、まず全面に出てくるのが絵だったり、コマ割りのセンスだったり要素が多く、続編と言っても違和感が多く残ってしまう場合がある。
 そんな事から作者の死後、続編が創られる事はあまりなかった。
 ま、戦後漫画を書いて、続編が読みたくなるような漫画家がまだあんまりそう言う状態になっていないんで、その手の例が皆無なんだと思うけど。

 そんなワケで石ノ森氏の死後の石ノ森作品なのだが、現在も続行中のTVドラマシリーズで有名な「ホテル」ってヤツも、こないだビックコミックで始まった新編は生前に書き残してあったシナリオを元に石ノ森プロの人が書いている。
 中心になって書いているのは「シュガー佐藤」と言う、あまりにもくだらない名前の人だったりするけど、この人は今から20年近く前、サイボーグ009が映画化されたときに、それの漫画を「漫画少年」だかに連載した事もある人で、あとは石ノ森プロ監修で「日本の歴史」シリーズなんかも書いていた人。
 当然、キャラクターは石ノ森章太郎の物を使うので、かなり酷似している。
 あの乱雑な線まで酷似している。(でもやっぱり何か違和感がつくまとうけど)
 そんな感じで、石ノ森章太郎が亡くなっても、その作品は作り続けられると言うワケなのだ。

 同じように藤子不二雄が亡くなった後、漫画版ドラエもんは完璧に終了するかと思われていたが、藤子プロの人々の手によって「映画版ドラエもん」と「ザ・ドラエもんズ」の二種類の作品が作られ続けている。
 やっぱり少しづつ絵に違和感があるが、その世界観は完成されているので大丈夫と言う感じがする。
 もう、ウォルトディズニーが1960年代に亡くなっても、延々とミッキーマウスは新作に出演しつづける様に、この手の漫画のキャラクター達も永遠に続いていくのかもしれない。

 ただ難しいのは、やはり手塚治虫作品の続編だと思う。
 氏の作品は予定調和も世界観の繰り返しもなく、物語が突き進むタイプなので、別の人がそっくりな絵で描いたとしても、それはまったくの別物になってしまうような気がする。
 (鉄腕アトムあたりならなんとか成りそうな気もするが)
 そう言う意味でもやはり手塚治虫は偉大だったのだな、と改めて思ってしまうのだ。

1998年4月6日(月曜日) 中古CD
 先日、友人A氏と話をしていて「CDとかを中古ショップに売るのって出来ないよなぁ」と言う話になった。
 実際の事を言えば僕も同じ様な人だったりする。

 実はその日、某中古ショップに行って、そこのCDをあさっていたのだ。今までは1枚ほとんどが1000円って処だったのが、「全部500円でいいからね」と言う事で、ほんじゃ買おう!と言うことで出かけたのだ。

 そこには、殆どの人にはなじみが無い名前かも知れないけれど「加川良」と「友部正人」のCDが数枚あったのだ。
 この二人は60〜70年代フォーク時代の人だったりする。いわゆる70年代中期以降の「四畳半フォーク」とか「やさしさ世代フォーク」とか「ちんたらフォーク」とかとは、一線を画する純然たるフォークな音楽をやっている人たちだった。
 で、そこにあったのは「URC」の復刻版CDだった。
 URCの正式な名称は『アングラ・レコード・クラブ』と言って、元々は通信販売専門の自主制作レコード会社だった。そんな姿勢の会社だったから70年代末期のフォーク衰退と共に消えていったのだ。
 でもって、90年代に入った処でキティレコードが版権を買い取ったのか、どーしたのか、突然復刻したのだ。

 その時のCDが、その中古ショップに出ていた。
 出ていたのは半年ぐらい前から知っていた。
 が、この90年代の半ばを過ぎ、もうそろそろ21世紀が見えているって時代に、あえてその手の音楽を聴くっていうのは・・・・うーむ、嫌いではないが何か時代錯誤の様な気がする。
 別に時代に流されて音楽を聴いているワケではないが、ソングライティング的に言ってもあの時代はお粗末で、かといってメッセージが普遍的で秀逸か? と言ったら、方法論的に甘すぎる。と言う気もしてしまうのだ。
 さらに昨今のなつかしフォーク的にノスタルジアを求めて聴くのか? と言うと、私もリアルタイムで聴いたワケではない。
 かつて「聴いてみたいな」程度に思っていた音楽なのだ。
 それに対して1枚1000円というのは高い様な気もするし、何か違うと言う感じがしていた。

 が、1枚500円となると「うーむ、買って見てもいいかな?」と言う気になってしまうのだ。
 そして、結局買いに行ってしまった。

 そこで冒頭の会話になったのだ。
 よく考えてみると、このCDを中古屋に売った人が存在するワケなのだ。
 しかも、こんなシリーズが別々の人が売りに来て揃ってしまったと言う事は、そんな大きくない店では考えられない。
 つまり、「加川良」「友部正人」のCDを数枚、この時代にワザワザ買った人が存在していて、何故かそれを全部売りに出した人がいると言う事になる。
 これが1枚だけだとしたら「なつかしのフォークって番組で加川良って凄いって話をしていたから、物の試しに買ってみようかな?」と買ってしまったが「自分には合わなかった」と売りに出したと言う事も考えられる。
 が、まとめてドーンなのだ。
 これがアナログレコードだったら「昔聴いていたけどさ、なんつーか若気の至りってヤツだよね」と売りに出す事もあるかもしれない。
 色々複雑な事情があったのかも知れないが、私にはその「売る」と言う事が考えられない。

 このURCのCDに関しては特殊な例だと思うが、それ以外のCDに関してはそんな物なのかな、と言う感じがする。
 自分はとにかく音楽に対して思い入れが深い。そうすると、それぞれの音楽が非常に特殊な物なのだ。
 CDを買ってまで聴いた音楽と言うのはある種、自分の肉となって血になっている様な気がする。
 それを売りに出すって言うのは・・・なにか、音楽に対して裏切っている様な気がしてしまう。
 まったくもー、CDを気軽に売る事が出来るのって考えられないよなぁと思いつつ、そんな人々のおかげで私は安くCDを大量購入できたりするので、否定はしないのだ。

1998年4月7日(火曜日) 何かが足りない・・・・
 会社の帰りにコンビニに寄ったら、某社のカップ焼きソバの新製品が出ていた。
 ま、新製品が出たのならば買わなくては行けないというのは、常識的な礼儀なので何も迷うこともなく私は購入した。とりあえず保存食と言うことで、いざ夜中にお腹が空いてどーしょーもなくなった時にこれが実に重宝するのだ。
 最近はそこそこ近所にコンビニなどの24時間体制の店も出来ていたりするので、いざがサラに急を要するいざになった時でも大丈夫なのだが、テクテク歩いていける距離には残念ながら無い。結局、車を飛ばして約3分と言う感じなのだ。
 だから、本当にお腹が空いてどーしょーもない!と言う時の為に、保存食としてカップ焼きソバなどは重宝するのだ。そーゆー事で購入した。
 で、さっそく買った夜に急を要してしまったのだ。

 いや、正確には保存食のカップ焼きソバが呼び水となって急を要してしまったのだ。つまり、そこに山があるから登るのだ!と昔の登山家が言った様に、そこに保存食があるからお腹が空くのだ。と言う結論に達した。
 結局、ダイエットしたかったら買わなければいいのだ。
 が、私は自信を持って言うが「意志が弱い」
 その上、新製品が出たら買わなくてはいけないのだ。これは国会で青島幸男が決めたのだ(by天才バカボン)

 そんなワケで、ダイエットしてんじゃねぇの?とか、こんな炭水化物を夜中に食べると翌朝気持ち悪くなるぞ。ってのはよーーーーーく解った上で食べてしまうのだ。私は「意志が弱い」って事に関しては意志が固いのだ。

 ま、その時私は小説を読みつつカップ焼きソバを作ったので、結局よくあるパターンの、時間オーバー完全ふやけ状態のカップ焼きソバになってしまった。
 それでもこれまでの最高記録の、お湯を入れてからハッと気がついてお湯をすてるまでの時間「2時間」と言うのには全然及ばないので安心だったりする。
 その2時間の時は、推理小説を読みつつカップ焼きソバにお湯をそそいだので、そんな結果になってしまったのだ。ラストまで読み終わって「ふぅ」と本を閉じたとき、目の前にカップ焼きソバが・・・と言う状態だった。
 流石に2時間ふやかせたカップ焼きソバは芸術的に圧倒的に威圧的高野豆腐的に、何度も「的」を言ってしまうほど凄く、お湯を捨てようとしても90%のお湯をメンが吸い取ってしまっていた。おかげでソースをまぶしてもまったくメンに絡まなかった。

 しかし、今回はたったの5分だ。
 2時間の24分の1なのだ。ちゃんとソースも絡まる。よしよし。
 と言いつつ読み始めた小説も気になり、読みながらカップ焼きソバをすすり始めた。実に行儀が悪いが、やっぱ私は小説を読み始めると止まらないのだ。
 以前も、本屋で何冊か小説を購入した帰り道、赤信号で止まった時、何気なく1冊の小説の出だしを読み始め、そのままどっぷりハマってしまい青信号になったのも気づかず、後ろからブッブーーとクラクションを鳴らされたこともある危ない男なのだ。
 男は少しぐらい危ない方がいい。とは言うが、こんな危なさはいかんと自分でも思うのだ。

 で、小説を読みながらカップ焼きソバをすすりつつ、メンの方は水分を吸いすぎてふにゃふにゃなのは仕方がないが「何か新製品って言うわりに、なーんか単純すぎて、これと言って深みのない味だなぁこんなのじゃ、すぐ消えてしまうかな」などと思ったのだ。
  が、頭の中84%は小説の方に行っているので、機械的にズルズルとカップ焼きソバをすする作業を続けていた。
 そしてカップ焼きソバを食べ終わって、とりあえず一息・・・・・
 目の前の机の上には『あげ玉ふりかけ』『かやく』などと書かれた袋がそのまま置かれていた。

 確かに味が足りないと思った。

1998年4月8日(水曜日) 絶対自分主義
 会社の休憩時間に同僚と話をしていた。
 そんでもってA氏がB氏の家に対して「まったく田舎だからしょーがねぇよな」と言う発言をした。客観的に見ていると、どちらも都会ではない、思いっきり狭い範囲での比較だったのだ。
 私はどっちが偉いなどとは思わない。
 実はそのA氏はスノボーをやっていて、そこで「なんか田舎臭いセンスのヤツが多くて」などと、ボードのセンス、服のセンスに関して批評をする。
 で、最新ファンションを身につけて東京などから来ている様な連中に関しては「都会臭い」と言う名言を残したのだ。
 つまり自分がすべての評価基準になって、それより下と思える物は「田舎臭い」と流行を追いきれないダサいヤツとバカにし、自分より進んでいる新しいと思える物は「都会臭い」と言う言葉で流行に左右されて格好悪いダサいヤツとバカにするのだ。
 それ以外にも自分の好きでない映画に関しては「あんなの誰も見ないだろ?」とバカにするのだ。

 なかなか思い切った自分主義なのだ。
 分かり易いので、これもアリだなと思う今日この頃であった。
1998年4月9日(木曜日) 雨が空から降れば・・・・
 もう月曜日から連続4日も雨が降っている。
 完璧に桜の花は雨に打たれて散っている。なんか、悲しい春の始まりだったりする。
 そんでもって、さらに悲しいのは私は「ムチウチ」と言う持病を持っていて、こんな天気の悪い日にはズキズキ痛んでしょうがないのだ。
 さらに夕べからノドがガラガラと痛くて「こりゃ風邪かな?」と言う状態になっている。別にそれ以外は熱があるワケでも無いし、鼻水が出るわけでもない。
 そんな色々な要素が重なりあって、朝起きた時は最悪の目覚めだった。そして瞬間「今日、休んでしまおうかな」などと悪魔のささやきが聞こえてくるのだ。

 が、ヘナチョコな人生を歩んでいても、どっかしらに責任感と言う物があったりするんで身体に無理をしてでも起きあがり会社に出かけなければならないのだ。
 仕事的には3月までのハードな出版業界のゴタゴタは一段落して、その辺のデータ整理なんて言う仕事しかないのが判っているが、万が一、急ぎの仕事が入ってしまうかもしれない。
 自分のいる部署は自分を含めて全部で4人という状態なので、イザって言うときは誰かがやるかも知れない・・・が、やはり出かける事にした。あぁ日本の真面目なサラリーマンだなぁ
 そして約1時間の道のり車を運転して会社に到着した。

 ・・・・残りの3人、全員休んでいた。

1998年4月10日(金曜日) 今週と来週の「笑っていいとも」は凄い
 昼にちら・・・とTVを見たら、テレフォンショッキングにサニーディサービスが出ていた。
 うぬぬ、お前らこんな処に出るほどメジャーになったのか?と思って見ていたら、なんとムーンライダース鈴木慶一からの紹介だった。
 さらにビックリしたのが、その鈴木慶一を紹介したのが、フォーク界の生きる化石「高田渡」だったのだ。
 あぁ昼の生放送に出るとは・・・

 その前がどーやら井上陽水らしい。
 うぬぬ、思いっきりディープな友達の輪だなぁ
 と思っていたら、サニーディサービスからの紹介で、来週の月曜日は「遠藤賢司」だワッショイ。

 なんか完璧に客は置いてきぼり状態だな。

 きっと来週の月曜日にアルタに来る人々は「私の見に行くときのゲストは誰かしら?」などと、TVをチェックしているに違いない。ゲストによって当たり外れの差が激しいのだ。
 レギュラー出演者は、よっぽどの事がない限り見ることが出来る。これは当然。それ以外のオマケでゲストが今、旬の俳優なんかでフジTVの新番組宣伝を兼ねて出演って場合は「儲けた」と言う感じなんだと思う。
 このフジTV新番組の関係者が見事なほどピタリと、テレフォンショッキングに連続して出演する場合もある。まるで示し合わせたかの様に。
 あるいは映画の公開に合わせて「実は今週末から公開なんですよ」などと言う状態でテレフォンショッキングの順番が巡ってくることがある。それも示し合わせたかのように「フジTV制作」の映画だったりする。
 そんな感じで「あたしが見に行く時誰がでるのかなぁ」ってのは、誰でもチェックするハズなのだ。
 タダで見に来ているクセにつべこべ抜かすなぁぁぁぁって気もするが、私ももし行く場合はそこで一喜一憂すると思うのだ。

 で、きっと今日TVの前で月曜日に行く予定の人々は「えんどう・・・けんじ・・?」「誰?」「知らない」と言う会話をしていたと思うのだワッショイ。
 うーむ、ディープなフォーク好きなら当然知っているハズだが、それ以外の人にはまったく知られていない人だと思う。とりあえず1970年代最初に「カレーライス」と言う曲がスマッシュヒットしたハズなのだが、そのスマッシュ具合もオリコンチャートには全然関係ない処でのスマッシュヒットだと思うのだ。
 音楽史的に振り返ってみると「1970年代フォークの時代」と言うのは華々しく「誰もがフォークに夢中」みたいな状態で音楽の主流はフォークだった!て感じに書かれていたりするが、そーんな事は全然なかった。
 若い世代にはフォークって物が浸透していたが、ほとんどの人には届かず、世間一般のヒット曲は、60年代末のGSの燃えカス、郷・西城・野口の新御三家/天地・南・小柳の三人娘、そしてやっぱりメインは演歌だった。70年代初頭の「フォークブーム時代」の中でヒットした曲なんて数える程しかない。
 その中の多くの曲は、実はフォークと名乗りつつ、プロの作曲家が作った物だったりもしたのだ。
 その中で自分のスタンスを守りながら、あの時代から今でも変わらずに、しかも前のめりに活動を続けている人の代表が遠藤賢司と言う人なのだ。
 フォークブームの完全に去った80年代なんかは生活も厳しかったと思うが、実はそんなに苦労では無かったと思う。なんせ彼はブームの時代も儲けていなかったのだ。
 なんせ、本当のフォークブームのど真ん中には「アンチ商業主義」と言う物があったのだ。
 現に吉田拓郎なんかが「旅の宿」「結婚しようよ」などでヒット曲を出した時、多くのフォークファンは「商業主義に魂を売った、我々の敵だ!」と糾弾したらしい。
 うーむ、そんな思想が渦巻いていたからフォークの最大手「エレックレコード」は潰れてしまったのだな。

 話はかなり曲がってしまったが、そんなワケで遠藤賢司が、さらに紹介する人は誰だろうか?かなり興味があるのだワッショイ。

追記:1998.5.21
俳優の嶋田久作でした。