杉村ぐうたら日記(1999年5月21日〜31日)

▲1999年5月21日:金曜日:不幸の手紙よこんにちわ
▲1999年5月22日:土曜日:鉄腕スパムDASH!
▲1999年5月23日:日曜日:杉山バラ園エルローザHPリニューアル
▲1999年5月24日:月曜日:いやはや150週だねぇ
▲1999年5月25日:火曜日:新たなる決意!
▲1999年5月26日:水曜日:ブラザース?
▲1999年5月27日:木曜日:何度も同じ話,話を大きくする日々
▲1999年5月28日:金曜日:作られたタドタド
▲1999年5月29日:土曜日:人間は忘れていく動物なのだ
▲1999年5月30日:日曜日:電波少年?
▲1999年5月31日:月曜日:雑学でGO!
1999年5月21日(金曜日)不幸の手紙よこんにちわ
 大昔、時代が昭和と呼ばれていた頃の話、ちまたの学生の間を「不幸の手紙」と呼ばれる物体が行き来していた。
 元々はアメリカで「HAPPY MAIL」とか言っていた物が輸入されたと言う噂らしいが、とにかくそんな物が世の中に出回っていた。
 文面はいたって単純で「この手紙と同様の物を1週間以内に7人に送らないと、貴方の身に不幸が襲いかかる」と言う物で、きっと気の弱い人ならばあわてて7つの封筒と切手を用意して、学校の住所録なんかを見て適当な相手に送りつけてしまったりするのだと思う。
 この送る相手が7人ってのは、地域や人によって数が違うので根拠は全然ないと思えるが、当事者としてみたら、この送る相手の選択ってのも大変だと思うのだ。ヘタに知り合いで嫌いなヤツに送った場合、即座に相手も「嫌いなアイツに送ろう」と言うことで次の週もう一度不幸の手紙が舞い戻ってきたりする可能性だってある。
 それが送った7人全員から送られて来る可能性だって無いわけではない。世間で「あいつは不幸になっても構わない」と思われている様な人間の場合は無い話ではない。
 そーなるととんでも無い事で「7通の送られてきた不幸の手紙」×「7通の送る不幸の手紙」と言う事で49人に送らなくてはいけない事になってしまう。
 もー破れかぶれだ!とクラス全員に送った所、さらに次の週、49通の不幸の手紙が送られて来てしまう事だって、まったく可能性が無いってワケではない。
 それぐらいにクラス全員から「アイツが不幸になろうと知ったこっちゃない」と思われている場合だってあるのだ。その時点で「俺はクラス全員からどーでもいいと思われているのだ」と言う事が大判明してしまい、十分に「不幸」になってしまっていたりするのだ。
 しかし、そーなるともうムチャクチャで49×7=343通の不幸の手紙を1週間以内に送らなければいけなくなってしまう。こうなったら送る相手を選んでいる場合ではない、とにかく手元にある小学校の時の同窓会名簿を片っ端から記入していくしかないのだ。
 なんせ1週間以内と言う事は、毎日49通同じ文面を書からなければタイムリミットになってしまうのだ。
 で、さらに1週間後、343通の不幸の手紙が送られたりすると、次の週までに2401通の不幸の手紙を書かなくてはいけなくなってしまうのだ。
 こりゃ、大変なのだ。もう、その時点で必要以上の「不幸」が襲いかかって来ている様な気がしちゃうのだ。


▼結婚:安そうなゴージャス
1999年5月22日(土曜日)鉄腕スパムDASH!
 そんなワケで前日の日記では延々と不幸の手紙ネタで文章を打ってしまったが、実はとある事件がキッカケになって書き始めて、それの前振りとして書いたツモリが長くなってしまったのだ。
 で、やっと本文。

 ここ最近「不幸の手紙」の進化型の「不幸のe-mail」があったりすると言うが、さらに進化してそれが「不幸の手紙」のバリエーションだと気づかせない様な物が生まれてきている。
 先日から一部では噂されていたのが、日曜日の晩に放送されているTOKIOの『鉄腕DASHI!』の名を語った「鉄腕チェーンメール」と言う物がある。
 なんでもある日突然メールが届くのだが、それには「このメールは日本テレビ系列で放映中の『鉄腕DASH!』での実験メールです。
 1本のメールが2週間の内にどれだけの数に増えていくか?と言う事を番組内で実験しています。  面倒かと思いますが、このメールの最後にある署名の最後に自分の名前とメールアドレスを列記した上、友人でもメール上だけの知り合いでもいいですから3名に同様のメールを送ってください。」 などと言う物らしい(色々な噂があるので、正確な文面はよく知らないけれど)。
 でもって、最後に「このメールは城島組のメールです」などと、もっともらしくつけ加えられていて、その文面通りにメールの後ろには数名の名前とメールアドレスが・・・・

 しかし、ちょっとでも考えれば判ると思うが、確かに2週間の間にどれだけこの手のメールが広がるのかは興味があるのだが、で、2週間後、どれだけ広がったかって、どうやって調べるの? と言うのが思いっきりな疑問になって帰ってくる。
 なんか、頭いいようで、かなり悪い話だよなぁなどと思ったりする。

 案の定、このチェーンメールは日本テレビ「鉄腕DASH!」は出していないので、注意してくださいと言う事を「鉄腕DASH!」の公式サイトなどに書き込まれていたりする。

 なかなか、不幸の手紙も時代と共に変化していくのだなぁ

1999年5月23日(日曜日)杉山バラ園エルローザHPリニューアル
 いやぁ時間かかりました。
 「ひねもす」とは別に杉村が編集しているHPの「杉山バラ園:エルローザ」ってHPの大々的なリニューアルが完成しました。
 ま、表紙は去年のオープン時から事あるごとに書き換えてきたんですが、今回のはまったく違うHPなのではないか? と言うぐらいにリニューアルした。
 で、表紙だけではなく、その中にあるデータ関係もどかんどかんと変更したので、かなり凄い事になっていると自負しちゃったりする。

 自画自賛で『HAPPY BIRTHDAY'S CLUB』は凄い事になっているよとかって思ったりする。
 データベースとして使い倒してやってくださいませ。
 なんせ、某名古屋の方のFM局とか茨城の方のFM局なんかが、番組内で「今日の歴史的な出来事」などとしゃべる時のネタにしているというメールなども貰ったりしている。
 さらに、ここに誕生日が掲載されている方からのメールもいくつか貰ったりしているのだ。うーむ、なんか凄い事になっているのかも知れない。
 そんでもって、誕生日だけじゃなくて、そこから知識・雑学的なデータベースにも飛べるようになっていたりするので、この中だけで延々とネットサーフィンできるという状態になりつつあったりする。
 その辺のデザインを一新して、さらに未登録だった情報もどどーんと追加して・・・・と言う作業を今年の頭ぐらいから延々とやっていた。
 実に地味な作業なのだ。
 なんせフォーマットを変える。と一言で言っても、なんせ誕生日データだけで「366ページ」あったりする。それをコツコツコツコツと夜中に変更していたりしたのだ。
 いくら地味で細かい作業が好きだとか言っても限度ってものがある。

 と言いながら、やっとここにこうして完成しました。めでたしめでたし。

 ・・・・・・「あそこ直したいな」などと、またしても細かい変更作業に突入する地味な日々の杉村だったりするのであります。

1999年5月24日(月曜日)いやはや150週だねぇ
 そんなワケでぐうたらぐうたらと言いながら、いつの間にか日記は第150週目と言う事になってしまいました。
 これはひとえに、更新が遅々として進まないのに辛抱強く待ち続けてくれる読者の皆様のおかげと、何よりも私の尽力に寄るところが大ですな。
 などと、書いているがハッキリ言って、杉村ってヤツの学習能力のなさを約3年に渡って世間に公表していると言う暴挙なワケだったりします。
 ここまで長いこと下らない話を書いて来ているワケですが、きっとこのペースで行けばずっとこのまま、21世紀に突入してもお馬鹿は直らないと思うのだな。
 なんつーか、何度も何度も何度も反省しているが、ここの所、更新と言う事をかなり激しくさぼってしまっているような気がする。
 いや、気がするどころではなく、さぼっていると言った方が正しいのだな。

 ま、言い訳はたくさんあるけれど、さぼっていたと言う事実は遺憾ともしがたいのであって、この現状をどの様に打破するかを明確に提示して行かなくては更なる未来への展望が開けないと思う所存であります。ドンッ!(←机を激しく拳で叩いた音)
 などと、意味無く堅い文章を書いたりするのですが、なにかバシッ!と激しく自分に渇を入れるような状況に追い込まなくては、いかんいかんいかんいかんと思うのであります。
 決意表明は明日のこころだぁぁぁ!(by.小澤昭一)

1999年5月25日(火曜日)新たなる決意!
 更新が遅れながらも150週も日記を書いてきたと言う自信みたいな物もあったりする。
 1年間に365本の文章を書くことが出来るという自信みたいな物があったりする。
 お、杉村イケてるじゃん、とときどき自分で書いた文章を自画自賛しちゃったりするときもある、

 そんなワケで、どーなるか全然先は見えないのだけれど、メールマガジンっつーんですか? いわゆる「登録してくれた人の所には新作文章をガシガシ送ってしまいますぜ」という、アレをやってみようか などと考えていたりする。
 と言っても、この日記じゃなくて1か月に1回ぐらいのペースで『現代用語の基礎的ではない知識』なんかの新作を・・・・と考えていたりする
 この日記も更新遅れて停滞気味だけれど、それ以上に『現代用語の基礎的ではない知識』の方が停滞しちゃっていたりする。
 ネタ的にはいくつも思いついたりするんだけれど、何か発表する機会を逃して「もうこのネタ古いしなぁ」となってしまう物がいくつもあったりする。
 それと同時に、去年の夏でストップしてそのままになってしまった「たこやき便り」ってヤツもなんとかしなくちゃいかんな。と思っていたりする。
 それを一気にメーリングリストで突破しちゃうんだぜ!と突発的に思ってしまった。

 おーしやるぞぉやるぞぉ!と息巻いている私だったりするのであります。

*表紙から[登録フォーム]へ入る事が出来ますので、お急ぎでない方は登録してやって下さいませ。とりあえず[登録フォーム]には『ひねもす本舗:創刊準備号』と言う物があったり、この先新しいメールマガジンを発行するごとにバックナンバーを掲載したりします。
って事は、わざわざ登録しなくても、ここに来れば新作読めるじゃねぇか、などと言わずに登録して下さいまし。

1999年5月26日(水曜日)ブラザース?
 ここの所、玩具に関してのブームってのがめまぐるしく動いている。
 それも毎回「品薄」と言うキーワードを引っ提げて。

 その「品薄」による飢餓的状況で大ブームになったのは、はるか過去の話だと思っていたのだが、「たまごっち」ってまだ2年前の話だったのね。そんなワケで「品薄」による相乗効果ブームはあのあたりから始まった。
 去年の「ドリームキャスト」も「品薄」と言うのを逆手に取って、最初から仕組まれていたようにCMであやまったり話題づくりとして商売に取り込まれてきた。

 で、今おもちゃ業界での品薄と言うと、アメリカからやってきたしゃべる人形「ファービー」ってヤツ。
 なんか半年ぐらい前からアメリカで大ヒットしているとかって噂だけは流れてきて、一時期は英語版が輸入されて、それを手に入れることも大変だった。
 で、ついにそのファービーが日本でも発売されたのだ。
 そのファービーの話題は、発売前からTVのニュースなんかでも言われていたらしく、家の母親までチェックしていた。
 とりあえず、我が家では「母親が知っている」と言う部分が、世の中にどれだけ浸透してヒットしているか?と言うバロメーターになっていたりする。

 あぁ浸透してんのねぇと思っていた。
 そして先日、雑貨やCDや本なんかを色々節操無く売っている店でソイツを見つけたのだ。
 私は雑誌を購入する為にレジに並んでいたのだが、そのレジ横のコーナーにそいつらが何匹も並んでいて「今アメリカで大人気!しゃべる人形ついに日本上陸!」などと手書きポップが添えられて置いてあった。
 そしてそれを、初老の夫婦が買おうかどうしようか、と迷いながら手に取っている所だった。たぶん幼稚園児ぐらいの孫がいそうな初老夫婦だった。
 が、その時ふと疑問に思ったのが「あれ?まだ日本語版は発売されていなかったハズだけど・・・」と言うことだった。しかし、その箱にはちゃんと日本語で「言葉を覚えて喋る」などと書いて有るのだ。
 むむむ、この店だけ先行発売? と思ってレジに並びつつそのパッケージを覗き込んだ。
 そこにはなんと「Fabby」ではなく「Dobby」などと書いて有るのだ。
 「ドゥービー??ブラザースか???」
 しかし、その老夫婦はそんな名前の違いには気づかずにこのアメリカからはるばるやってきたバッタ物に手を出そうとしている。
 いかん!こんな紛い物を買って大切な孫に与えては!

 もし購入して帰ったとしても、このドゥービーは日本語はしゃべってくれないと思うのだ。いつまで経ってもカタコトの英語を喋り続けるグレムリンもどきのファービーをさらにもどききったドゥービーなのだ。
 そんな事を知らずに、孫の為に今話題の、しかも手に入りにくいおもちゃを手に入れたと言う喜びで胸いっぱいにした初老夫婦は、喜び勇んで家に帰りさっそく孫の翔太くん(仮名:3歳)に与えたりするに違いない。
 ところがギッチョン、おもちゃを喜んで箱から取り出して遊ぼうとしている横で嫁の雅美(仮名:27歳)は、商品名を鋭くチェックしたりするのだ。
 そして、それがあのプレミアおもちゃ「ファービー」ではなく、激しくバッタ物の「ドゥービー」だと言うことに、気が付いてしまうのだ。
 日頃、嫁ということで、さらに夫の両親と同居と言うことでストレスのたまっていた嫁、雅美(仮名:27歳)は、ここぞとばかりにツッコミを入れてしまうのだ。
 「ちょっと義父さん義母さんこのドゥービーって言うのは何ンのつもりですか?」
 「え?だってこれ今話題のヤツだろ、こないだのめざましテレビでもやっていたけど・・」と、いきなり嫁がテンション高くツッコンで来たために、義父の弘忠(仮名:64歳・元電気設計会社勤務)はタジタジとしながら答えた。
 「これ見て下さい!」嫁の雅美(仮名:27歳)はその翔太くん(仮名:4歳・かもめ幼稚園もも組)が中身を取り出したままで放り投げてあった空き箱をつまみあげ、義父義母の目の前に差し出した。
 「ドービー・・・・、なんかテレビで言っていたのと違う様な気が・・」昔は看護婦をしていて、会社のスキー旅行で骨折をして入院してきた弘忠(仮名:当時28歳)と恋愛関係に堕ち、交際2年後に結婚をし1男2女を設けた義母の道代(仮名:61歳・腰痛持ち)はその間違いに薄々気が付いたのだ。
 「あの騒がれているのはふぁぁびいこれはどぅびい」と殊更ハッキリと日本語的に発音した、短大は英文科でとりあえず教職免許も取得したが教員の空きが無くしかたなく父親の知り合いのコネで入った電機系会社で事務をやっていた時に和夫(仮名:当時25歳)と知り合い結婚した嫁の雅美(仮名:27歳)は「まったくこれだから、和夫(仮名:夫31歳・役職無し)さんもあの程度の仕事しかできないのよ」とワザと大きなため息をついたかと思うと、隣の部屋に行ってしまうのであった。
 その結果、そんなワケの分からないバッタ物を買ってきてしまったと言う後悔の念にさいなまれ、この老夫婦は寝込んでしまう事になるのだ。
 さらに数日後、嫁の雅美(仮名:28歳、誕生日が来た)は「もうこんなワケの分からない物を買ってくる義父母と同居は出来ません!」と実家に帰ってしまい、一生懸命ドゥービーに話しかけてもさっぱり要領を得ないと幼くして人生の挫折を味わってしまった翔太くん(仮名:4歳・かもめ幼稚園もも組)は虚無的になり堕落の道を歩んでしまうのであった。
 きっとそんな悲しくもドラマチックな家庭崩壊劇がこの先展開されるのに違いないのだ。
 おじいちゃんおばあちゃんが孫の為に良かれと思って買った物が、思わぬ事態を招いてしまうとはまだこの時点では誰にも解っていない。
 あぁなんて恐ろしい。

 僕は思わず「そんな物を買ってはいけない!」と忠告しそうになったが、さすがにレジの所で営業妨害は出来ない。ぐっとこらえて、買い物の代金を払うしかないのだ。
 あの初老夫婦がその後ドゥービーを購入したかどうか、そして家庭が崩壊していったかは、私には解らないのであった。

1999年5月27日(木曜日)何度も同じ話,話を大きくする日々
 150週、1000話以上を書いていると、ネタが無くなったと言うワケではないが、同じ話を何度も書いてしまう。
 もー記憶の中の話のどれを書いたのか、書いてないのかがワケ判らない状態になっちゃっている。

 その辺はみんな寛大な気持ちで読むこと。いいですね。

 そんでもって、人間という物は記憶を自分に都合のいいように書き換えてしまう生き物だったりするので、そこに書かれた内容と言うのは、少しづつ杉村の中で自分を美化して変化していってしまうかも知れない。
 あるいは、基本的に「人様に笑ってもらいたい」と言う基本理念で書いている日記だったりするので、より笑って貰おうと話を徐々に大きくしてしまっているかも知れない。
 無意識の中で。
 あるいは色々な話がどんどんミックスされていってしまうのかも知れない。

 その辺のサービス精神ってヤツがいわゆる「嘘」を自然と生産してしまうのかも知れないのだなぁ。明石家さんまがポロッと作り話をしてツッコまれたりするのも、この辺りの拡大解釈的な物なのかも知れない。あっちの方はかなり意図的に、それも技術としての話を大きくするって部分だと思う。

 日常生活の中でも、これが凄い人がいたりする。
 それが難しいのが本人がその辺を意図的に大きな話や、自分に都合のいい話にしているのかってのが判らない点なのだ。
 中には、討論をした事は覚えていて、その中でどんな意見が出ていたのかをおぼろげに覚えているのだが、相手が言った発言を自分の発言と勘違いして覚えていたりする人もいたりする。
 でもって「お前あの時こう言ったけどさ」などと、突然その時にその人が喋っていた「あきらかに間違っている発言」が僕の発言だってことで、意見されたりする事もあったりする。
 うーむ、と思いつつ、しばらくしてこの日記を読み返してみると、その以前の討論の話題も書いてあって、やはり自分が言った意見はこれだよなぁなどと、思ったりするのだ。
 などと言いつつ、この日記に書いた時点で自分に都合いいように記憶がすり変わっていて、相手の意見を自分の意見として書いていたりする事もあるかも知れない・・・・などと、どんどん自分の過去に自信がなくなっていくのであった。

1999年5月28日(金曜日)作られたタドタド
 最近のTVなんかで、トンチンカンな事を言って天然ボケを爆発させ、場をなごませる存在として「ビビアン・スー」とか「チェ・チューヤン」とかがいる。
 たどたどしい日本語で、少ない語彙の中でしゃべる為に、思いっきりズレてしまい爆笑となる。
 そして「ま、台湾の人だから」「ま、香港の人だから」と、言葉の壁は大変だよねと思いつつ容認しちゃったりする。

 日本芸能界には昔からこの手の「ちょっと変な外国人」と言うキャラクターが何度も出てきている。
60年代は「イーデスハンソン」とか「ゴールデンハーフ」とかがいた。
70年代は「デストロイヤー」とか「アグネスチャン」とかがいた。
80年代は「ケントデリカット」とか「オスマンサンコン」とかがいた。
で、90年代は前述の二人あたりが後々まで記憶に残るのかも知れない。

 しかし、よーく考えるとこの二人のタドタドしさは、それ以前のおかしな事を言う外人とは根本的に何か違う様な気がする。
 確かに、日本語をあまりしらない為に、感情を伝えようとする時にチグハグな部分が出てきてしまうのだが、なんかこの二人のチグハグさってそれ以前の物の様な気がしてしまう。
 それ以前の変な外国人と言うキャラクターは結構まっとうな事を喋ろうとして、言葉の壁で苦しんでいた様な気がするのだが、この二人は有る程度日本語を理解した上で、かなり意図して面白くしようとして、ズレた発言や行動をしている。と言う部分なのだ。

 ビビアンは日本に来るまで、地元の台湾で数年アイドル・女優として活動をしていた。それも今の様なキャラクターではなくちゃんとした年相応の芸能人として、大人の女性的な事も言ったりしたりして、映画なんかでも普通の大人の女性だったりする。
 チューヤンも日本に来るまではDJとかをやっていて、それなりのファンもいたと言う。
 つまり、二人とも思考能力はちゃんとした大人だったりするのだ。

 しかし、最近のTVに出てくる二人は、どうもトンチンカンの度合いがズレ過ぎているような感じもあるのだ。
 言葉のトンチンカンさではなく、思考能力のトンチンカンさが際だっている。
 しかし、それが二人の芸能人としてのキャラクターだったりするので、逆にプロフェッショナルだよなぁと感じたりするのです。

 PS
ビビアンは同じグループ内にもっと日本語が分からない新人ケディが加入してきた事によって「同じキャラではいけない!」と、極端に変な事を言わないキャラクターになりつつある。

1999年5月29日(土曜日)人間は忘れていく動物なのだ
 私は根っからの体力のない文系の人間だったりする。
 いわゆるデスクワークが基本と言うことになる。
 しかし、家庭的に見ると我が家は「農家」と言う分類をされているらしい。現在は家庭菜園ぐらいしかないが、かつては農家だった為に田畑がある程度ある(今はそれらは貸し出してある)。
 と言うことで、地域の農地なんとかかんとかって言う集まりにも参加しなければいけないらしい。
 でもって、朝早くから、田植え時期を目前にして農水路へ水を流すために川をせき止めて水をそっちへ回すと言う作業をした。
 ま、作業は長年やり続けている農家の大先輩達がテキパキとこなしていったので、私は思ったより体力を消耗しないですんだ。
 で、問題はその作業が終わる直前に起こった。

 「あ、杉村君、もう作業終わるから人数分のジュースでも買ってきて、車はそれ使っていいから」などと、この中で一番最年少の自分が使い走りにされたりする。
 で、素直にそこにあった軽トラックに乗り込んで・・・・・・あれ? 僕は一瞬どうしようかと悩んでしまった。
 その軽トラックはマニュアル車だったのだ。

 僕の持っている免許証はマニュアルでもOKだし、10年以上もマニュアル車を運転してきたと言う実績があるので、運転できないハズはないのだ。
 が、どうしたらいいのか、一瞬も二瞬も考え込んでしまった。
 えっと・・・・まずクラッチを・・・・一番左がクラッチだよな・・・・でエンジンを・・・
 なんと、マニュアル車の運転方法をすっかり忘れていたのだ。

 実は10年以上マニュアル車を運転していたのだが、3年程前にオートマ車に乗り換えたのだ。それ以来、たぶん1度もマニュアル車を運転していない。
 そして、10年もかけて体に染み着いたハズの運転技術を、たった3年で見事に忘れ去ってしまった事に気がついてしまった。

 結局、ジュースは別の人が買いに行ったのだが、なんかかなりショックだった・・・・。
1999年5月30日(日曜日)電波少年?
 休日、ぼけっと過ごしていた。
 あぁ実に休日的で休日的な休日による休日のための休日という感じだった。
 なんかねぇここのところ、休みの日だって忙しくて自分の事を見失うぐらいに、せっぱ詰まったような状況で毎日を過ごしていたから、たまにはこれもいいかも知れない。などとぼけっとしていた。

 と、そのとき電話が鳴った。
 電話の相手は例の杉山バラ園の常務からだった。
 「こないだはご苦労さん、今日は完璧な休み?」
 「あぁやっと細かい仕事が終わったって感じだからさ」
 「本当にご苦労さん、でさぁ一日家にいてもつまんないだろうから、気分転換にちょっと遊びに来ない? 話したい事もあるしさ」
 などとヤツは言うのだ。
 僕は生返事で「いいけど」などと答えた処「ちょっと3時半すぎから出かける用事があるから、それ以前ならいると思う」などと言うのだ。
 僕は、昼食を食べてしばらくぼけっとした後、2時近くに家を出た。

 で、バラ園で常務は待っていて「で話だけどさ」と切り出した。
 その話は次のイベントの打ち合わせだったのだが、そんな話は3〜4分で終了した。で、それに続いて「ねぇ暇?」などと聞く。
 ま、ひまじゃなければ呼ばれてホイホイ出てこないって。
 「そっか、今から仕事で伊豆天城にある『虹の郷』に行かなきゃなんないんだけど。話し相手って事でつき合わない? ほらたまには天城あたりの空気のいい所に行くのも大切だよ」などと言い出すのだ。運転も何もしなくていいという事なので、僕はそのトラックに安易に乗り込んでしまった。

 そしてその道すがら僕は相変わらず馬鹿な話し連発で、お気楽モード全開だった。
 で、目的地の『虹の郷』に到着したのだ。
 で、着くなり「じゃ、ここにある物一気に片づけて帰ろうぜ!」と言うことになり、それから30分後、汗をかいてヘロヘロになった僕がそこにいた。

 ハッキシ言って、突然呼び出されて「じゃ行こうか」と言われ、過酷な条件に叩き込まれるというのは『電波少年』ではないのか?
 ただ単純に自分が人の言葉を素直に信じてしまうって事がいけないのかもしれない。

 その姿は「何もしないから」と言われてホテルに連れ込まれて「結局、あたしの体が目的だったのね」などと言う状態にもにているのだ。

1999年5月31日(月曜日)雑学でGO!
 今、ひねもす以外にやっているHP「エルローザ」の中に存在している『
HAPPY BIRTHDAY'S CLUB』というデーターベースの編集を地味にやっている。
 基本的には、誕生日羅列って事になっているが、せっかくコンピュータ上でやるんだからと色々な項目から次の項目へ飛べるような作りになっていて、歴史的な話から、人名辞典的な物から、知識雑学系の物までかなり雑多に文章が放り込まれていたりする。

 自分の中では「ひねもす」は完璧に文章を創造していくクリエイトな部分のHPで、もう一つの「エルローザ」の「EL ROSA BOOKS」に関してはひたすら編集していくエディターな部分のHPだと認識して作っている。
 いわゆる雑学って言うのは、本としてまとめられてそこらで頻繁に発行されていたりする。常に文庫本コーナーには手を変え品を変えて並んでいたりする。
 が、結局その内容のほとんどが過去の文章の焼き直しだったりして、本文ではいろいろ苦労して集めてみましたなどと言っているのだが、結局数冊の文献の中からその雑学本の主旨に合った物をピックアップしている程度にしかなっていなかったりする。
 でもって問題なのは、その最初に参考にした文献が間違っている雑学だったり、結論が出ていなくて複数の説があるのに1つを断定して書いてあったりする場合もある。それを文献としてみごとに信じて書いたりする本が少なくなかったりする。
 でもって、その間違った情報を信じて書いた本をさらに参考文献として使用してしまう雑学本も新たに出てくる。

 私は昔から、その手の雑学本が好きで何冊も読んでいたりするのだが、その何冊も読んでいる内に断定している知識に複数の説が存在している事が判明してきたりする。
 たとえば「ネコババ」の語源にしても「猫がウンチをした後に後ろ足で砂をかけて隠してしまう」という語源が書いてある本もあるが「江戸時代に猫をたくさん飼っているおばあさんがいて、このおばあさんががめつい人で」というのが語源になっていると書いてある本もある。さらに本によっては「江戸時代、偉い侍が道に落ちていた猫のウンチを踏んだが、無かった事として無視したことによる」などと書いてある本もある。
 で、結局1つの本を読んだ人は、その1つの説が定説だと信じてしまって、ほかの本を読んだ人が言った事を「それは間違いだよ」などと否定してしまう可能性だってある。
 そんなあやふやな語源を勝手に「これに決定!」としてしまうのは問題があるんじゃないか?と思ってしまう。
 だから、とりあえず「EL ROSA BOOKS」の中にある万物辞典『知泉』の中には複数の説があるものは複数掲載しようと思っている。この辺がページ数などに制限のある出版物との違いなのだ。

PS
テレビ東京のクイズ番組『クイズ赤恥青恥』の中でも語源を答えさせる物があったが、いくつも説がある中から1つを「これが答え!」としていたりする場合もある。
やっぱTVで「これが答え」とやってしまうと、本どころの騒ぎではない程影響力があって、それが定説になってしまうっす。