杉村ぐうたら日記(2000年10月11日〜20日)

▲2000年10月11日:水曜日:2日で800人
▲2000年10月12日:木曜日:禁断の領域へ
▲2000年10月13日:金曜日:家系
▲2000年10月14日:土曜日:ほーほけきょ、となりの山田くん
▲2000年10月15日:日曜日:盗撮その後
▲2000年10月16日:月曜日:田中康夫氏・当選!
▲2000年10月17日:火曜日:えへっ
▲2000年10月18日:水曜日:アイドル冬の時代・1
▲2000年10月19日:木曜日:アイドル冬の時代・2
▲2000年10月20日:金曜日:アイドル冬の時代・3
2000年10月11日(水曜日) 2日で800人
休日だった月曜日になんとか、HPをリニューアルした。
もしかしたら結構凄いことになったかな?と自画自賛が少し入ってしまうような状態になった。
といいつつ、「あそこはこーしたいし」と言うことが山積み状態になっているので、まだまだ変化をし続けていくのだ。
実は現在、データを置いてあるサーバーは50Mの容量があるのだが、これだけ文章を山積みしても、現在領域使用率は30%と言う所らしい。
てぇことは現在の3倍詰め込んでもまだ大丈夫って事なのだな。
基本的に画像は『バラ辞書』に入れてあるの以外はほとんど無いような感じで、あとは誕生日で366ページ+α、知泉で約1500ページ、豆知泉で124ページ、現代用語で約50ページ、日記で約150ページって事で、テキストのみページが2000ページ以上あるってことになっている。(バラ辞書も100ページ以上あるけど)
うーむ、1998年3月にオープンし9月末で2年半、30ヵ月でこんな感じだったりする。(もっともオープンの段階ですでに大量の文章があった。ついでに当時発表した文章で、現在は読めないものも大量にある)
ま、1日2ページのノルマを機械的にこなしていれば、2年半で1800ページになるので2年半経過したページとしては、そーんなに凄いことではないかも知れない。 と言いつつ、開設した当初、同じように開設したばっかりでわっせわっせと更新していたサイトなんかを覗きにいくと『最終更新1999年12月』とかになっていたりするんだよねぇ・・・・
下手すれば、『最終更新1998年7月』とか『最終更新1996年10月』とかとんでもない事になっていて、その中に「たまごっち(白)あります」なんて書いてある場合もあるのだ。

てなワケで、リニューアルしたのですが、ついでにメルマガのほうでお知らせをしたおかげなのか、火曜日/水曜日の二日で約800人の訪問者が・・・・
みなさま感謝感謝であります。
2000年10月12日(木曜日) 禁断の領域へ
今、CMで美川憲一と神田うのが「♪へ〜こんだら、カーコン、カーコンビニクラブ〜」とやっている。
別にこの二人には全然興味ない。
どうも「屁、こいたら」に聞こえるなんてのも関係ない。
巨人の星の歌詞にあった「重いコンダラ」に続く「屁コンダラ」なのか?と言うもの関係ない。
が、今日ラジオでこのCMのTVでは歌っていない別の部分を聴いて愕然としてしまったのだ。
このスポンサーは車をぶつけた場合なんかも迅速に修理して元どおりにしまっせ、と言うものなんだけれど、その状況をメロディにのせて説明しているのだが、その歌詞がちょっと凄い。なにしろ、いきなり
うの『♪オッカッマッ』
美川『♪掘られた〜ら』
二人『♪カーコンビニクラブ〜』
なのだ。
なんか、美川憲一と言うのが生々しくて、交通事故とは別のものを想像しちゃっうのであります。
この歌詞を手渡された時の二人の心境は・・・・・
もちろん交通事故で後ろからぶつけられた状況を『オカマを掘られた』と言うのだが、その語源はもちろん、本物のオカマさん達が行なう行為が元になっているもので、あんまし日常生活の中におおっぴらに言うべきものではないのだ。
だが以前、車をぶつけられた時も駆けつけた警察官が第一声目に「あぁオカマ掘られたの?」だったので、これってすでに一般名詞なのか?
だが、やはり美川憲一に無かって堂々と『♪オッカッマッ』と歌えるのは神田うのぐらいしかいないか。
2000年10月13日(金曜日) 家系
なんかノーベル賞を受賞した筑波大名誉教授の白川英樹教授と、マラソン女子の高橋尚子選手が遠い親戚だと言うことでニュースになっている。
さらに白川英樹教授には文化勲章を、高橋尚子選手には国民栄誉賞を授与すると言う話も出てきている。
ま、遠い親戚だけど同時期に世界的な栄誉を受けるってのは凄いことなのだ。
と思っていたら、便乗としてモーニング娘。の誰だかが、さらに遠い遠い親戚らしいという芸能的な話題もニュースになったみたいで… (ラジオでちらっとその話題を聴いただけなので、よく知らないけど)
ま、親戚と言うことで言うと同じ様な地域の人をたどると、果てしなくほとんどの人が親戚になってしまうような気もしちゃうのだ。なんせ、1代上の両親が2人、2代上の祖父母が4人、3代上が8人、4代上が16人、5代上が32人となってしまう。
現在自分が20歳で、それぞれの世代が25歳で子どもを産んだと計算すると、5代前の親族が25歳で子ども(つまりひいおじいさんの代)を産んだのが1880年[明治13年]と言うことになる。
たとえばこの中で「血族的な親戚」ってものを考えていくと、とんでもない事が判明しちゃうのだ。
まず、親戚として考えた場合、今回の教授と高橋選手の場合は4代ぐらい前の所で兄弟だったと言うことになっているので、その兄弟の家系も考えることにする。
今は2人兄弟でも少なくなっているが、たとえば両親がそれぞれ3人兄弟だったと仮定する。
そうすると、その段階で[両親(2)+おじさん・おばさん(4)]だけで6人もいる事になる。そのおじおばの家にそれぞれ子供が二人づついると仮定すると、いとこが8人存在することになる。
ここで単純に計算すると1代上の世代が6人、同世代が自分に1人兄弟がいると仮定して自分を含めず9人で、15人の血縁親族が存在しちゃうのだ。(血縁と言うことで、その配偶者は含めていない)
で、2代上を考えるのだが、両親の両親は計4人いることになる。で、この祖父母がそれぞれ3人兄弟だと(当時ではこの数字は少ないかも知れない)考えると[祖父母(4)+その兄弟(8)]で12人の3代上の親族がいると言うことになる。
で、血縁と言うことを考えると、その祖父母の兄弟の子供にも微弱ながら同じ血が流れているのということになり、8家族×3人の子供で24人が加わってくる。で、この24人は両親と同じ並びなので、さらにその24人が2人づつ子供を作っていると計算するとさらに48人が加わってくる。
つまり祖父母という3代前まで計算しただけの段階で、純然たる親戚から「俺って遠い親戚」と言う人まで含めると99人も存在しちゃう事になるのだ。
この計算でいくと、さらに上の3代上(ひいおじいさんの代)の分[504人!]を加えると、603人。(白川英樹教授と高橋尚子選手の場合はこれに当たる)
4代上の[3024人]を加えると、3627人
5代上の[10368人]を加えると、13995人が血縁関係となってしまうのだ。
だから、例の遠い親戚でひいおばあさんが・・・と言うのを考えると「ありえない話ではないかもね」と思ってしまうのだ。
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○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○祖父母の 
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 祖父母
┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ ┗┳┛ 
┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ ┏╋┓ 
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○ 
  ┃ ┃     ┃ ┃     ┃ ┃     ┃ ┃ 祖父母の
  ┗┳┛     ┗┳┛     ┗┳┛     ┗┳┛ 両親+兄弟
  ┏╋┓     ┏╋┓     ┏╋┓     ┏╋┓
  ○○○     ○○○     ○○○     ○○○ 祖父母
    ┗━━┳━━┛         ┗━━┳━━┛   +兄弟
    ┏━━╋━━┓         ┏━━╋━━┓
    ○  ○  ○         ○  ○  ○  両親+兄弟
    ┃  ┃  ┗━━━━┳━━━━┛  ┃  ┃
   ┏┻┓┏┻┓     ┏┻┓     ┏┻┓┏┻┓
   ○ ○○ ○     ● ○     ○ ○○ ○ 自分+兄弟
                             +いとこ

▼ 購入CD:PUFFY/SPIKE
▼購入DVD:PUFFY/JET-DVD
2000年10月14日(土曜日) ほーほけきょ、となりの山田くん
金曜ロードショーで『ほーほけきょ、となりの山田くん』をやっていた。
なんつーか、基本的にアニメはあまり見ない人だったりするワケで、一部の人には「国民必見のアニメ」なぞと言われる宮崎アニメもほとんど見たことがないような人だったりする。(仕事で関係した仕事をやった事あるのに)
で、この『ほーほけきょ、となりの山田くん』は、スタジオジブリ制作で、なんと言っても日本映画の興行記録を塗り替えた「もののけ姫」に続いての作品だったもんで、制作発表の時に「次はいしいひさいち氏の原作のとなりの山田くんです」と言うときに、多くの人が見事にコケたと言う作品だった。
で、そこで使われている技術などは凄くて、セルを使用せずオールCGで水墨画タッチを貫くとか、その技術の為に制作費2億円だとか、ディズニーと全米公開の契約をした第1作目の映画がこれだとか、さらにディズニーと契約したけれどジブリはその名声を利用して儲けたくないので全米公開の時にディズニーの名前を一切出さずに公開したためにほとんど注目されなかったとか・・・・・。
で、日本でも公開前などはTVで制作の舞台裏とかを特集していたのだが、公開後は全然噂を聞かなくなってしまったので(こういう映画は多いけど)たぶん・・・と思っていたのだが。
で、ぼけーっと見ていたのだが、出だしの方には見事なぐらいにタイムリーに、先日亡くなったばかりのミヤコ蝶々さんが山田家のおとうさん、おかあさんの結婚式シーンでスピーチをする老婆の声優としてありがたい御言葉を述べていた。
話自体は原作の4コマ漫画を繋げて話が淡々と進んでいくというパターンで、うーむと思ってしまう部分もあったが、とにかくそんな部分をぶっとばすぐら
いに、水彩画風味の絵が凄いっす。 あれが動くってのは・・・・しかも、微妙なこまかい部分に細かく透過光を使ったり、デジタルエフェクトをぼや〜とかましていたり、確かに公開前に話題になっていたぐらいに技術は凄すぎる。なんつーか、日本人の水墨画で鍛えた美意識をみやがれ!てな感じだったりする。
特に、夜の住宅街を暴走族が走っているシーンで、ややラフで淡い町並みの中に浮かび上がるライトがそのラフな世界を立体的に表現し、ぼや〜っと走り去っていくシーンは「スッ凄げェ!どうなってんだ?」的な衝撃があった。
なんつーか、未だに「CGってやっぱり実際に書かれた絵より無機質な感じがしちゃって」などと言っている美術関係者は多いが、もう垣根は無いっすよ。
(音楽も実はそう、デジタルってダメとか言っているアーティストも実際には最終的にはデジタルなレコーディング機器を使用しているし、リスナーが聞く場合はもう完璧に「0」と「1」の羅列によって表現された音を聞いているわけだし)
とにかく、ちょっと凄かった。今までバカにしていて御免!しかし、ワザワザ映画館で見たい映画ではないって気持ちは替わらないけれど。


▼芳香:トイレの季節
2000年10月15日(日曜日) 盗撮その後
例の田代まさし駅で盗撮事件から約10日が過ぎた。
しかし、こうやって1つ事件が出ると、後から後から色々な話が出てくるワケであります。
某女性タレントは「そう言えば、いつだったかテレビの収録中、はっと気が付いたら田代さんがすぐ真後ろにぼーっと立っていました」などと言ったらしい。
それとか、最近テレビ局の女子トイレなどに隠しカメラが仕掛けられていて、それのビデオが裏で売られているけど・・・などと言う噂も出ているらしい。
って、どっちも三流芸能レポーターの妄想に近い戯れ言なんだけれど、1度犯罪者のレッテルを貼られてしまうと、後々が大変なのだ。
で、なるほどねと思ってしまったのが関係者の反応、いわゆるバラエティ系のタレントは一応にしてこの事に関して口をつぐんでだり言葉を濁したりする。
とりあえずビートたけしがこの件に関して皮肉った発言をしたらしいですが、ビートたけしの場合は結構何も考えていないと言うパターンが多いので(政治的な皮肉った発言をする事も多いが、別に解決策など根本的な事には触れない)なるほどね、と言う感じ。
復帰できるのか、現状では難しい状況だけれど、もし復帰出来た時にはそのバラエティ系のタレント達は再び絡まなければいけなくなってしまうワケなので、ヘタに過激な発言は出来なかったりするのだと思うのだ。
しかし、田代まさしはいわゆる「盗撮したビデオ」が好きなワケではないっすよね。
きっと「盗撮する行為」と言うスリル感を求めていたんじゃないかな?つまり(例えが悪いかもしれないけれど)釣りをする人は魚が目的ではなく、魚が掛かる瞬間とか吊ると言う行為自体が好きなのと同じように。
さて、復帰出来るんでしょうか?もし復帰出来たときに、自らこのネタに触れて自ら汚れ役を演じる事が出来るかどうかで評価は大きく違ってくんじゃないかな?

ついでに言うと、田代まさし自身はスカートの中を盗撮していたと認めたワケじゃなくて「結果としてそういうものが映ってしまった」と言っているわけで、その件に関して認めず、謝らず、ということになるのかな。

▼盗撮:変装の正装

▼追記:便乗商法
▼追記:お笑い関係者の発言
2000年10月16日(月曜日) 田中康夫氏・当選!
作家の田中康夫氏が長野県の県知事に当選した。
その背景には政治的なと言うものではない部分の、市民感情的なというものが多いに働いていて「現状を打破したい」と言う気持ちが、安定した、悪く言えば淀んでしまっている状況を変えたいという形で現われたのだと思う。
実際のことを言えば、そんな感情は今までずっとあって、知事に青島幸男氏だとか横山ノック氏だとか石原慎太郎氏だとかが選ばれたりしていたのだ。そんな打破したい気持ちが、どちらかと言うと保守的な長野でも起こったという事が現在日本の行政の状況を表わしているんじゃないかな?
だから、それまでの安定した副知事がエスカレーター式に知事になる場合と違って、知事になった後の手腕にみんな期待しているのだと思うので、当選することより、この先がかなり大変だと思う。
いわゆる人気者が祭り上げられてもその場のお祭りで終わってしまう事も多く、国会議員時代は色々な意見を言っていた青島幸男氏が都知事と言うトップに立ったとたんに口を濁してしまう発言ばかりになってしまったり、横山ノック氏みたいにタレント時代の「エロだこ」のイメージをそのまま発揮してセクハラ辞任させられたりする事になりかねないのだ。
で、安定知事路線に突然の強敵が出現してしまった保守派は、選挙戦の際に「ありゃりゃ、こんなネガティブキャンペーンをするかね?」という発言をしていた。
『えー今度、立候補するという田中康夫氏ですが、彼は作家として「なんとなくクリスタル」などと言う遊び歩く女子大生のセックスライフなどを描いたいかがわしい作品を書くような品性のない人間でありまして、そんな人間が知事になった場合、大阪知事(当然、横山ノック氏のこと)の二の舞を踏みかねないのです』
などと、かなり次元の低い発言をしていた。
なんかその時点で「あせっているんだねぇ」という感じだったのであります。
今回の田中康夫知事誕生の結論が出るのは来世紀の話なのだ。
2000年10月17日(火曜日) えへっ
最近スパム系ダイレクトメールで多いのが、女性の名前のアドレスで来るパターンでこんなのだったりする。
 ┌────────────────────────────┐
 │                            │
 │ えへっ、今度ちょっぴりエッチなページつくっちゃった。 │
 │ あんまりみんなには教えないでね。           │
 │ また今度ゆっくり遊びましょうね。           │
 │                            │
 │                        ゆかり │
 └────────────────────────────┘
残念ながら私の知り合いに「ゆかりさん」と言う名前の女性はおらず、「また」と言われても、それ以前の記憶もないので反応ができないのだ。
そいでもって当然ページのアドレスも書いてあったりするのだが、そのリンク先にどんなめくるめくようなワンダーランドが広がっているのか恐ろしくて、一度もクリックをせずに、ごみ箱直行便となってしまうのであった。
そんな、メールが何度も来て、ごていねいな事に毎回、名前が違うのだ。でも本文はほとんど同じ。

あと、よく来るのが4000円の投資で金持ちに!と言うパターンの、インターネット版ねずみ講。
もっとも「ねずみ講」の定義に「品物を親が・・・」と言う部分があったりするので、抜け道を探したものだったりする。
なんせ、もともと品物は存在しない。はなっから「この4つの銀行口座に1000円づつ振り込んでください」と言うものなのだ。そうすれば、次の会員からあなたの銀行口座に自動的に・・・と言うもの。
たしかに「品物を」と言うのが定義だとしたら、法的にはひっかからないけれど…

なんだかなぁというぐらいに頻繁に来る。
しかし、こんなのにひっかかる人っているのか?
2000年10月18日(水曜日) アイドル冬の時代・1
時代と言うものは、その時代の中に立っている時には冷静な判断、客観的な判断ができないものだったりする。
確かに、時代が経てから「あの時代はあーだった」と言い出すのは、その時代の結果が現実としてすでに存在していて、後づけの理由がどうとでも構築できるので卑怯なんだけど、時代を経ないと分からない物も確かに多い。
今から10年ほど前、1990年代に入った頃、芸能界は『アイドル冬の時代』と呼ばれていた。
その少し前の時代、80年代はアイドル百花繚乱の時代で、80年代初頭の松田聖子・中森明菜・小泉今日子あたりを中心とした個人アイドルの時代、中期にはおニャン子クラブなどを中心としたレコード会社・テレビ局・などのメディア優先の戦略的大量消費アイドルの時代。
そして、おニャン子あたりの終焉と共にアイドル市場はぐっと冷え込んでしまったのだ。
2000年10月19日(木曜日) アイドル冬の時代・2
その後もアイドルはいなかったわけではない。フジサンケイグループがおニャン子の夢よもう一度と、同じ時間帯で『乙女塾』などと言うアイドル養成番組(番組名は別のだったと思うけれど)などをやっていたがイマイチ盛りあがらなかった。
時代はいつの間かバンドの時代へとシフトしていて、おとなりのTBSがしかけた『いかすバンド天国』が盛り上がっていて「いまさらアイドル?だせぇ」と言う空気が確実にあった。
そして、当時デビューした高橋由美子などは『最後のアイドル』などと呼ばれていたが、その最後のアイドルさえもアイドルとして活動できる状況ではなくなっていた。
その時期にデビューした人の中には「SMAP」などもいたが、本来ならば彼等の一番のお客さんであるはずの中学生・高校生ぐらいの女の子たちは見事なぐらいに口をそろえて「アイドルってカッコ悪いでしょ?今どきジャニーズ系なんて聴いているのってヤバイでしょ」などと言っていたのだ。
そして、当時のバンドブームは実力もセンスもない、どうみても「アイドル」と思えるバンドが「ロック」と名乗ってライブ会場を満杯にしていた。
歩行者天国なんかででも日曜日ごとにキャーキャーと黄色い声が響き渡っていた。そしてインタビューで「○○○の○○君って本当にいい人なんだよ、だってライブが終わった後、みんなで一緒にゴミを拾ったりするんだよ」的な、結局音楽よりキャラクター重視じゃん、アイドルとどー違うの?と言う状態だった。
結局のことを言えば、アイドル的なものにキャーキャー言う意識は替わっていなかったのだが、純然たるアイドルと言うものは恥ずかしい時代だったのだ。特に女性側から見た場合、事務所のいいなりになっているような人形的なアイドルより、自分で曲を書いて自分の言葉で歌を歌っている人のほうが、かっこいいと思えてしまったのだ。
女性アイドルの場合はもっと複雑な裏事情があった。
基本的にアイドルを好きになるって事が「疑似恋愛」だとすると、女性が男性アイドルに対して、自分より年令的に上の頼りになる人を選ぶのに対して、男性が女性アイドルを見る場合は「かわいい」とか言うのが重要になってくる。しかし、バンドブームで出てきた女性ロッカーの場合、それに当てはまらないのだな多くの場合。
で、基本的にそれまでの女性アイドルでも充分よかったのだと思うが、世間の流れと言うのが「アイドルなんて今どき聴いている人って、駄目だよね」「それってオタクなんでしょ」「うわ、寒っ」と言うことになっていた為に、心の中では「○○○ってアイドルかわいいよな」と思っていても大っぴらに「アイドル好き」なんて言えない状況になっていたのだ。ましてや、アイドルが出した曲を聴くことなんて、恥ずかしい事のトップに位置するようになってしまったのだ。
2000年10月20日(金曜日) アイドル冬の時代・3
で、音楽的な視点で見ると、なぜアイドルの曲と言うのが衰退してしまったのか?と考えていくと、80年代のアイドルの曲と言うのは結構個性的なものが多かった。
それも、事務所やらが会議を重ねて、いかにそのアイドルに合った曲をチョイスして個性を全面に押し出していくか?と言うことに重きを置いていたのだ。
で、そのタイプの曲が衰退した理由の1つに『カラオケ』と言うのが存在しているのではないかと思うのだ。
ちょうど、そのアイドル冬の時代と言われ始めた時代は、レコードからCDへの移行期だった。そしてCDにカップリングとしてカラオケが付いているのといないのでは売り上げに大きく差が出る、とも言われ始めた頃だったりする。
現在は、シングルはあくまでも「カラオケで歌ってね」と言うのが前提のように歌なしバージョンが収録されているが、CDの最初の頃は「歌っていない曲までいれて水増し」などと言う人もいた。
で、その時代に大ヒットを飛ばしていたのが、ザード・ワンズ・Tボランなどなどのいわゆる『ビーング系列』の曲たち。
はっきり言ってあの当時は熱狂的な人が多くて言えなかったけれど、「どれもこれも、どのバンドが歌っても無理がない曲」だった。つまり、曲とそれをリリースしているアーティストの間に個性と言うのがほとんど存在しないような曲ばかりが流行ったのだ。それはボーカルスタイルから、演奏から、メロディから、詩から、アーティストのキャラクター(と言ってもほとんど露出はなかった)から。
実にカラオケっぽいよなぁと当時思っていた。
その後の、小室哲哉が次々と色々なグループをとっかえひっかえ曲をリリースした時も、どっぷり入り混んでいる人には「どれも個性的」なのかもしれないが、客観的に聴くと、どの曲をどのグループが歌っても不自然ではないと言う、状況だった。

しかし、いわゆる以前のアイドルが消滅して、グラビアセクシー系のみになったのかと言うと、そうでもなくて、結局世間一般はアイドル的なキャラクターを望んでいるらしく、現在はモーニング娘。や鈴木亜美などがどどーんと出ている。

結局、90年代にアイドルの時代を向かえていた人々は運がなかったと言う感じだったりするのだ。